「泣くときがなかった。泣くときが見つけられんかった。わたしが泣くと、みんな泣く。『つくし食堂』が『泣き虫食堂』になってまう。泣き虫のお母ちゃんは、鈴愛が泣いたら余計 泣くに決まっとる」
「9才になった秋、わたしは左耳の聴力をなくした。わたしの世界は、半分になった。わたしは生き物として、弱くなった。両方の耳で音を聞いているとき、世界は力強く、たくましかった。しっかり、そこにあった。いまは なんの音も か細く、頼りない。足もとがグラグラした。心許なかった。でも、本能が生きようとした。世界を楽しもうとしていた」
NHK/2018年4月13日放送
【脚本】北川悦吏子