「たいていの方は、なぜか わざわざ ご自分に似合わない髪型をご希望になります。若いころのままの髪型にとどめようとなさったり、いかつい顔立ちの方が優男やさおとこ風の髪を望まれたり・・・。わたしなんぞが言うのも なんですが、こうありたい自分と、現実の自分というのは、往々にして別物なんでしょうね。ちゃんと鏡に映ってんですけどね」



「むかしの父親は、子供に『かわいい』だの、『期待している』だの・・・なんて、金輪際 言わないものです。でも、ひとさまには負けたくなくても、息子にだけは負けてもいい――。心の中じゃ、どっか そんなことを思ってるもんなんですよ」



「(女房とは)向き合ってるつもりだったけど、鏡の向こうと、こちら側にいただけで・・・手を伸ばしても、ほら、鏡の前では右手を出すと、向こうの左手が差し出されるでしょ。握手ができないんですよ」



「事業を拡大させたなんて言うと、聞こえはいいですが、たぶん欲しかったのは箔です。本当は みすぼらしい鉄の塊かなんかの自分を、キラキラ光る なにかに見えるようにしてくれる、薄っぺらな金箔が欲しかった・・・」


NHK BSプレミアム/2022年5月9日放送
【脚本】安達奈緒子/【原作】荻原浩