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舟を編む 〜私、辞書つくります〜・第10話(最終回) [舟を編む]

「あたしね、若い時分、あのひとに言っちゃったの・・・『あたしと辞書、どっちが大切?』って。あのひと、ものすごく困った顔で、『それは きみ、靴の右と左、どちらが大切かと尋ねるのと同義だよ』って。なーんだって・・・。あたし、あのひとの全部にならなくてもいいし、あのひとを あたしの全部にしなくてもいいんだわって。だからね、あたし 安心なんです。どんなときでも、どちらかが いないときでも、あのひとと あたしは、裸足には ならないんです」



「残すべき言葉は、手渡すための言葉――。(中略) 災害や病気、生き抜く上での様々な困難は、どうしても、どんなに避けても やってきてしまう。きっと なくなることはないでしょう。それでも人間は、未曽有の困難に直面するたび、懸命にあらがって、大切な なにかを失って、でも同時に尊い なにかを獲得し、それを後世に手渡し、少しずつ前に進んできたんだと思います。手渡すためには言葉が必要です」



「ありがとうね、みどりちゃん。みっちゃんの人生に現れてくれて」



「抗がん剤の副作用は、オーダーメイドといわれるくらい個人差があるそうで、医師が薬を探り当てるために、われわれ患者は自分の症状を的確に自己申告せねばなりません。『手足がしびれる』と伝えると、医師に こう尋ねられました。『それはピリピリと電気が流れるような感じですか。それとも、氷水に長い時間 手を浸していたような感じですか。または、ゴム手袋を何枚も重ねて はめている感覚ですか』――。驚きました。わたしは手足に電気を流したことも、氷水に長時間 手を浸したことも、ゴム手袋を何枚も重ねて はめたこともないのに、ありありと その感覚がわかるんです。言葉の持つ力とは、なんと不思議なものでしょう。そして、なんと素晴らしいものなのでしょう」



「病を得た身としては、やはり死について考えます。もう充分に生きたはずなのに、恥ずかしながら、たまらなく怖ろしくなることもあります。そんなとき、こんな想像をするのです。わたしの死後、あなた方が言葉を潤沢に、巧みに使い、わたしの話をしてくれる――。そのとき わたしは、たしかに そこに あなた方と共にあるのです。言葉は死者との、そして まだ生まれていない者とさえ つながる力を持っているのだと、つながるために ひとは言葉を生み出したのだと、そう思えてならないのです。その瞬間、死への恐怖は打ち上がったあとの花火のように散り去って、消えることのない星の輝きだけが残るのです」



馬締光也まじめみつやさん、あなたにとって言葉が宝であるように、言葉たちにとっても あなたは宝です。なにも恐れず、密やかに輝く小さな光だけを見つめ、深く、深く、言葉の海にもぐり続けてください。大丈夫です、あなたの仲間たちが決して あなたを溺れさせません」


NHK BS/2024年4月21日放送
【脚本】
蛭田直美/【原作】三浦しをん
※ 2段目は2名による台詞をつなげたものです
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